名越スタジオの解散は、一つのゲーム開発会社が姿を消したというだけの話ではない。ここ数年、NetEaseが積極的に進めてきた海外ゲーム開発への投資、その根本にあった戦略の問題を象徴する出来事である。
NetEaseは中国国内で大きな成功を収めてきたゲーム企業だ。『夢幻西游』や『Identity V 第五人格』など、長期運営を前提としたタイトルを育て、開発からサービス運営、コンテンツ更新、収益化までを一体的に進める能力を持っている。一方、海外市場では、著名なゲームクリエイターを招き、新たなスタジオを設立・支援することで、欧米や日本のコンソールゲーム開発に参入しようとしてきた。
しかし、その投資戦略は期待した成果を上げられなかった。名越スタジオだけでなく、桜花スタジオ、T-Minus Zero、Worlds Untold、Jar of Sparksなど、複数の海外スタジオが事業縮小や資金支援の終了に直面している。これらを個別の失敗として片付けるのは簡単だが、共通する問題を見れば、NetEaseが海外ゲーム開発をどのように捉えていたのか、その判断自体に疑問が生じる。
著名なクリエイターを獲得すれば、開発力も手に入るのか
名越スタジオは2022年、名越稔洋氏を中心に設立された。名越氏はセガで長年にわたり開発に携わり、『龍が如く』シリーズをはじめとする作品を通じて、日本のゲーム業界を代表するクリエイターの一人となった。NetEaseにとって、同氏とそのチームを迎え入れることは、日本のコンソールゲーム市場に進出するうえで魅力的な選択肢だったはずだ。
しかし、ここには大きな誤解があったのではないか。
『龍が如く』シリーズの成功は、名越氏個人の才能だけで成立したものではない。セガが長年蓄積してきた開発環境、技術基盤、制作管理、マーケティング、販売網、そしてシリーズを継続的に育ててきた組織全体の経験があってこそ実現したものだ。優れたクリエイターを獲得することと、その人物が過去に所属していた企業の開発能力を獲得することは、まったく別の話である。
ゲーム開発は、著名なディレクターの構想だけで完成するものではない。企画、プログラミング、アート、アニメーション、レベルデザイン、サウンド、品質管理、プラットフォーム対応、ローカライズ、販売戦略など、多数の専門領域が連携して初めて成立する。特に大規模なコンソールゲームでは、開発規模が大きくなるほど、個人の能力以上に組織としての管理能力が重要になる。
NetEaseは、著名なクリエイターを中心に新しいスタジオを設立することで、海外の開発力を短期間で獲得しようとした。しかし、実際には優秀な人材を集めることと、継続的に優れたゲームを生み出せる組織を構築することの間には、大きな隔たりがあった。
『GANG OF DRAGON』が示した開発計画の問題
名越スタジオの最初の作品となる『GANG OF DRAGON』は、2025年12月のThe Game Awardsで発表された。新宿・歌舞伎町を舞台とする写実的なアクションアドベンチャーで、韓国の俳優マ・ドンソク氏を起用するなど、発表時から国際市場を意識した大型タイトルとして注目を集めた。
ところが、発表から間もない2026年3月、NetEaseが同スタジオへの資金提供を停止する方針だと報じられた。報道によれば、ゲームを完成させるには少なくとも70億円の追加資金が必要とされ、名越氏側は新たな出資者を探したものの、資金調達には至らなかったという。
ここで注意すべきなのは、70億円は報道された追加資金の必要額であり、開発費の総額ではないという点だ。それでも、未完成のゲームを完成させるために、さらにこれほどの資金が必要になったという事実は重い。
大規模ゲームの開発において、予算超過そのものは珍しいことではない。開発中に仕様が変更されたり、技術的な問題が発生したりすれば、当初の計画よりも費用が膨らむことはある。問題は、そうしたリスクをどの段階で把握し、どのように管理していたかである。
プロジェクトの初期段階で、開発規模と必要な資金をどこまで正確に見積もっていたのか。試作段階、垂直スライス、量産開発といった各工程に明確な判断基準はあったのか。開発費が想定を超えた場合、ゲームの規模や内容を見直す選択肢は用意されていたのか。こうした点について、現時点で公開情報だけから断定することはできない。
ただし、完成までに巨額の追加資金が必要となり、最終的に資金提供そのものが打ち切られたという結果からは、プロジェクトの進捗とコストを管理する仕組みが十分に機能していたのか、疑問を持たざるを得ない。
さらに気になるのは、作品が正式発表された数カ月後に、出資元が資金提供を停止する方針を示したことだ。実際の開発は発表よりずっと前から進んでいたため、単純に発表後の数カ月で判断が変わったわけではない。それでも、対外的に大作として発表する段階で、完成までの費用や事業上のリスクについて、どこまで検証されていたのかという疑問は残る。
『GANG OF DRAGON』の映像は、写実的な人物表現や映画的な演出を前面に押し出していた。しかし、映像の完成度はゲームの競争力を保証するものではない。戦闘システム、探索、ミッション設計、コンテンツ量、プレイを継続させる仕組みなど、ゲームとしての面白さを証明するには、実際の製品を通じた検証が必要になる。
『龍が如く』シリーズが支持されてきた理由も、単にリアルな歓楽街を再現したからではない。メインストーリー、サブストーリー、ミニゲーム、個性的なキャラクター、独特のユーモアなど、長年積み重ねられてきたゲームデザインとシリーズの個性がある。『GANG OF DRAGON』がそれらと異なる独自の価値をどこに見いだすのかは、作品の商業的な成否を左右する重要な問題だったはずだ。
桜花スタジオは、名越スタジオ以前から警告を発していた
NetEaseの日本における投資戦略の問題は、名越スタジオが初めてではない。2020年に設立された桜花スタジオも、同じような課題を示していた。
同スタジオは、カプコンやバンダイナムコなどで経験を積んだ開発者を集め、日本発のゲームを世界市場に向けて開発することを目指していた。代表的な作品が、スクウェア・エニックスから発売された『聖剣伝説 VISIONS of MANA』である。
しかし、2024年にはNetEaseが同スタジオの人員を大幅に削減し、閉鎖を計画していると報じられた。
この事例が興味深いのは、『聖剣伝説 VISIONS of MANA』が完全な新規IPではなく、長い歴史を持つシリーズの作品だったことだ。既存のブランドがあり、販売元も明確で、ゲーム自体も完成して発売されている。名越スタジオのように、最初の作品が完成する前に資金面で行き詰まったケースとは事情が異なる。
もちろん、スタジオの閉鎖だけを理由に作品の採算が悪かったと断定することはできない。開発費や販売本数、利益率など、個別の収支を判断できる情報は十分に公開されていない。
それでも、作品を完成させたスタジオを長期的な開発拠点として維持するのではなく、短期間で縮小する方針が示されたことは、NetEaseが海外スタジオをどのような資産として考えていたのかを考える材料になる。
海外の開発者を集め、スタジオを設立し、作品を完成させる。その後も組織を維持し、次の作品へ経験を引き継いでいく。こうした長期的な投資の姿勢がなければ、海外に開発拠点を持つ意味は薄れてしまう。
海外スタジオの相次ぐ縮小は、偶然ではない
名越スタジオと桜花スタジオ以外にも、NetEaseが支援していた海外スタジオでは事業の縮小や資金支援の終了が相次いだ。
『Star Wars: The Old Republic』などに携わったRich Vogel氏が設立したT-Minus Zeroは、NetEaseからの資金支援が終了し、活動を停止した。Mac Walters氏が設立したWorlds Untoldや、元XboxのJerry Hook氏が率いたJar of Sparksも、NetEaseの海外投資見直しの影響を受けた。
これらのスタジオは、設立の経緯も開発ジャンルも異なる。すべてを同じ理由で失敗したと評価するのは適切ではない。しかし、共通しているのは、すでに商業的な成功を収めた製品を持つ企業よりも、これから新しい作品を生み出そうとする開発チームへの投資が多かったという点だ。
新設スタジオへの投資は、当然ながらリスクが高い。開発期間が長く、売上が発生するまでに時間がかかり、プロジェクトが完成する保証もない。投資家は、作品が完成するまでの資金だけでなく、チームを維持するための人件費や設備費、技術開発費も負担しなければならない。
そして、こうしたスタジオの多くは、NetEaseからの資金提供が事業の前提になっていた。出資元が方針を変えれば、独立して事業を継続することが難しくなる。新しい投資家を探すにしても、未完成のゲームと開発チームを引き継ぐことには相応のリスクが伴う。
つまり、NetEaseは複数の長期・高リスクの開発プロジェクトを抱えながら、それらを継続的に支える仕組みを十分に構築できていなかった可能性がある。
NetEaseは自社の強みと異なる領域に、過度な期待を寄せていた
NetEaseは決してゲーム開発の経験が乏しい企業ではない。2024年のゲーム及び関連付加価値サービスの売上高は約836億元、2025年には約921億元に達している。中国国内では、『夢幻西游』や『第五人格』など、長期にわたってユーザーを維持し、継続的に収益を生み出すタイトルを複数抱えている。
こうした実績を見る限り、NetEaseに資金力やゲーム事業の経験がなかったわけではない。むしろ、問題は自社の強みを十分に理解しないまま、異なる市場と開発領域に進出しようとしたことにある。
NetEaseが強みを持つのは、ゲームの開発だけではない。長期運営、コンテンツの追加、イベント設計、ユーザーコミュニティの維持、収益化など、サービス型ゲームを継続的に成長させる能力にも大きな蓄積がある。
しかし、こうした能力が、そのまま日本や欧米の大型コンソールゲーム開発に転用できるわけではない。コンソールゲームでは、作品ごとに開発体制を組み、数年単位の時間をかけて完成度を高め、発売時点で製品としての価値を成立させる必要がある。発売後の運営も重要だが、まず発売する作品そのものが市場で評価されなければならない。
中国市場で培ったユーザー理解や運営ノウハウは、海外展開において大きな武器になる。一方、それだけで海外のコンソールゲーム市場における開発経験やブランド構築の歴史を補うことはできない。
NetEaseは、自社が得意とする事業モデルを海外に展開するだけでなく、海外の著名なクリエイターを獲得することで、自社に不足している開発能力を短期間で補おうとした。しかし、異なる市場で成功するためには、人材を獲得するだけでなく、その市場に適した組織と製品開発の仕組みを作らなければならない。
この点で、NetEaseは資本力を過信していたのではないか。
高い開発費をかけることと、競争力のある製品を作ることは違う
『GANG OF DRAGON』のような大型タイトルを開発する場合、開発費の増大は避けられない。しかし、予算を増やせば必ず製品の品質が上がるわけではない。開発規模が大きくなるほど、制作管理は複雑になり、完成までの時間も長くなる。
また、現在のゲーム市場では、写実的なグラフィックや映画的な演出だけでは差別化が難しい。すでに多くの大手企業が、莫大な開発費と経験豊富なチームを投入して同じ市場を争っている。
『GTA』には長年蓄積されたオープンワールドの設計とブランド力があり、『龍が如く』には独自の世界観とシリーズとしての文化がある。新規スタジオが同じ市場に参入するのであれば、既存作品にはない魅力を明確に示さなければならない。
著名な制作人の名前や豪華なキャスティングは、発表時の注目を集めることには役立つ。しかし、プレイヤーが実際に購入する理由になるのは、最終的にゲームそのものの完成度と独自性である。
NetEaseの海外投資では、こうした製品の競争力を見極める前に、スタジオや著名な人材を獲得することが先行していたように見える。これは、投資の順序として適切だったのだろうか。
投資の拡大と撤退を繰り返す経営方針
NetEaseが海外投資を見直した背景には、ゲーム開発費の上昇や市場環境の変化に加え、経営資源をより少数のプロジェクトに集中させる方針があったと報じられている。2025年には、海外スタジオへの投資を縮小し、ゲーム事業の管理体制を見直す動きも伝えられた。
企業が投資方針を変更すること自体は問題ではない。採算が見込めないプロジェクトから撤退し、資金を有望なタイトルに集中させるのは経営判断として当然の選択肢だ。
ただし、今回の問題は、その前段階にある。NetEaseはなぜ、これほど多くの海外スタジオを短期間に立ち上げ、長期的な開発を前提とするプロジェクトに資金を投入したのか。そして、なぜその投資を継続できなくなったのか。
投資を始める際には、著名なクリエイターの獲得や海外市場への進出という大きなビジョンが掲げられた。一方で、投資先のスタジオが製品を完成させ、次の作品を開発し、長期的な事業基盤を形成するまで支援する方針は、どこまで具体的だったのだろうか。
もし投資の段階では長期的な自主性を重視し、撤退の段階では短期的な費用対効果を優先するのであれば、スタジオ側は安定した開発計画を立てることができない。大型ゲームの開発において、資金の継続性と経営方針の一貫性は、製品の品質と同じくらい重要である。
問題は海外市場ではなく、NetEase自身の投資判断にある
今回の一連の出来事から、海外ゲーム市場への投資そのものが間違っていたと結論づける必要はない。日本や欧米には優秀な開発者が数多く存在し、海外のスタジオと協力することには十分な価値がある。NetEaseが海外市場に進出しようとしたこと自体は、決して不合理ではなかった。
しかし、海外の著名なクリエイターを獲得し、新しいスタジオを設立すれば、世界市場で通用するゲームを作れるという考え方はあまりにも単純だった。
名越スタジオの解散は、その誤算を最も分かりやすく示している。名越氏には実績があり、開発チームにも経験があった。それでも、スタジオを長期的に維持し、作品を完成させるための資金と経営体制を確保することはできなかった。
NetEaseは、中国国内で成功してきた企業として、ゲームを開発し、運営し、収益化する能力を持っている。しかし、その成功を支えてきた仕組みと、海外の大型コンソールゲーム開発に必要な仕組みは同じではない。そこを十分に理解せず、資本と人材の獲得によって短期間で埋められると考えたことこそ、戦略上の最大の誤りだったのではないか。
資本によって優秀な人材を集めることはできる。しかし、成熟した開発組織、製品を見極める能力、長期的な経営方針、そして市場で競争できるブランドは、投資契約を結んだだけで手に入るものではない。
名越スタジオの解散は、単に一つのゲームが完成しなかったという話ではない。NetEaseが数年かけて進めてきた海外投資戦略が、どこで間違っていたのかを改めて問い直す出来事である。
海外市場に挑戦することが問題なのではない。自社が何を得意とし、何を持っていないのかを正確に理解せず、資本力でその差を一気に埋めようとしたことが問題なのだ。
NetEaseに必要だったのは、より多くの著名なクリエイターを獲得することではなく、投資した開発チームが継続的に製品を生み出せる環境を作ることだった。

