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Infinite Joy, finally OPEN!

BioWare閉鎖――会社は利益を追求するうちに、ゲームを生み出す力まで失っていく

2026年10月21日、EAはBioWareの閉鎖と、新作『Mass Effect』の初期開発の中止を発表した。1995年に設立され、2007年にEAに買収されたBioWareは、30年以上にわたる歴史に幕を下ろすことになった。今回の人員削減は約400人規模で、そのうち約50人がBioWareの関係者とされる。

こうした動きの背景には、EAが事業の効率化を進め、成長が見込める少数の大型タイトルに経営資源を集中させる方針がある。企業経営の観点から見れば、採算の合わないプロジェクトを整理し、将来の損失を抑えることには合理性がある。しかし、今回の決定を単なる経営判断として片づけてしまうのは、あまりにも簡単だ。

問われるべきなのは、BioWareがかつて偉大な作品を生み出したから永久に存続すべきだった、ということではない。EAは買収後、BioWareの衰退にどの程度関与してきたのか。そして、スタジオそのものを閉鎖することが、本当に唯一の選択肢だったのかという問題だ。

1. 買収したのは創作能力だったはずなのに、最後には創作する組織そのものを切り捨てた

BioWareの歴史を美化する必要はない。しかし、その価値を単なるIPの集合として扱うこともできない。『バルダーズ・ゲート』『Neverwinter Nights』『スター・ウォーズ:旧共和国の騎士』『Mass Effect』『Dragon Age』。これらの作品を通じて、BioWareが長年培ってきたのは、キャラクター同士の関係性、分岐する物語、プレイヤーの選択とその結果、そしてプレイヤーが何十時間もかけて向き合いたくなる世界を構築する能力だった。

EAは2007年、約8億6000万ドルでBioWareを買収した。スポーツゲームを強みとしていたEAにとって、RPGをはじめとする新たなジャンルを拡充する意味もあった。買収後も、『Mass Effect』シリーズは存在感を高め、『Dragon Age: Inquisition』は2014年の発売後、ゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど高い評価を得た。同作のエグゼクティブ・プロデューサー、Mark Darrahは、販売本数が約1200万本に達したと述べている。

つまり、EA傘下のBioWareが成功できなかったわけではない。むしろ、BioWareはEAのもとでも、商業的な価値と文化的な影響力を持つ作品を生み出せることを証明していた。

問題は、創作能力が倉庫に保管できるような資産ではないことだ。IPは別の開発チームに引き継げる。しかし、開発者同士の経験、チームの連携、物語を構築するノウハウ、シリーズに対する理解まで、契約書一枚で完全に移転できるわけではない。EAは今後も『Mass Effect』や『Dragon Age』の知的財産を保有し続けることができる。しかし、かつてそれらの作品を生み出したBioWareという組織は、もう存在しない。

これは大手パブリッシャーが抱える矛盾を象徴している。企業はIPの価値を財務諸表に計上できても、その価値を生み出す創作組織を維持するための長期的なコストには、必ずしも耐えようとしない。皮肉なことに、成功している間はスタジオが資産として扱われ、失敗が続けば、今度は削減すべきコストとして処理される。

2. 『The Veilguard』の失敗はBioWare自身の責任だ。しかし、それだけで話を終わらせていいのか

EAによる閉鎖には、商業的な理由がある。BioWareの近年の作品が苦戦してきたことは否定できない。『Mass Effect: Andromeda』は評価面でつまずき、『Anthem』も期待された長期運営型タイトルとして定着できなかった。そして『Dragon Age: The Veilguard』も、EAが掲げていた販売目標を大きく下回った。

EAが2025年1月に公表した業績情報によれば、『The Veilguard』のプレイヤー数は約150万人で、同社の想定を約50%下回った。単純に計算すれば、EAが想定していた規模は約300万人だったことになる。

ただし、ここで注意したいのは、約150万人という数字はEAが公表したプレイヤー数であり、実際の販売本数そのものではないという点だ。この結果を軽視することはできない。BioWareは作品の方向性、プロジェクト管理、商品としての訴求力について批判を受けるべきだ。歴史あるスタジオだからという理由だけで、新作を無条件に擁護する必要もない。

しかし、もう一つ見落としてはならない事実がある。

『The Veilguard』の開発過程について、開発に関わった複数の人物への取材では、プロジェクトが長期間にわたって紆余曲折を経験したことが報じられている。当初はシングルプレイヤー作品として進められた企画がマルチプレイヤー型へと変更され、その後、再びシングルプレイヤー作品へと戻された。こうした方針転換は、開発期間や予算、最終的な作品の方向性に影響を与えた。

もちろん、これだけでEAがすべての問題を引き起こしたと断定することはできない。しかし、BioWareの問題を「開発者の能力が落ちたから」という一言で説明することもできない。プロジェクトの方向性、開発費、市場の期待、経営上の判断。これらは最終的な作品の成否に複雑に関わっている。長年にわたって開発方針や資源配分に関与してきた企業が、作品の結果が悪かったときだけ責任を開発チームに押しつけるのであれば、それはあまりにも都合のよい話だ。

なぜRPGで実績を積み上げてきたスタジオが、その強みと必ずしも一致しないプロジェクトに繰り返し投入されることになったのか。開発方針が何度も変わったにもかかわらず、なぜ最終的な商業目標は高いまま維持されたのか。BioWare自身の責任を問うことと、EAの責任を問うことは矛盾しない。

3. EAの問題は利益を追求することではなく、異なるゲームを同じ経営指標で評価することにある

EAは今回の戦略見直しにおいて、成長が見込める少数の大型プロジェクトに資源を集中させる方針を示した。EA Sports、Apex Legends、Battlefieldなどに加え、『スター・ウォーズ』関連作品やマーベルの『Iron Man』といったプロジェクトも重点分野に含まれる。

経営判断としては理解できる。大規模ゲームの開発費は膨らみ、開発期間も長期化している。一つの失敗が巨額の損失につながる以上、投資先を絞り、リスクを抑えようとするのは自然なことだ。

しかし、すべてのゲームを同じ基準で評価することには問題がある。

スポーツゲームは、確立されたブランドと毎年の発売サイクルを強みにできる。継続運営型のシューターは、プレイヤーの定着率や長期的な収益が重要になる。一方、大型シングルプレイヤーRPGは、世界観、キャラクター、物語、ゲームシステムを長い時間をかけて一つの作品へとまとめ上げる必要がある。それぞれの開発構造も、ユーザーの期待も、成功の条件も異なる。

それにもかかわらず、すべてのプロジェクトに短期的な収益性や確実性を求めれば、企業は失敗のリスクを減らせるかもしれない。しかし同時に、新しい表現やジャンルを切り開くための余地も失っていく。EA自身の歴史が示しているように、ゲームの価値は必ずしも最初から予測できるものではない。BioWareがEAにもたらした価値も、EAが従来から得意としていた事業だけでは補えない部分にあった。

もし、投資する前から大きな利益を確実に見込める作品しか認められないのであれば、開発に時間をかけ、新しい方向性を模索し、プレイヤーからの信頼を取り戻そうとするスタジオは、どこで生き残ればいいのだろうか。利益を追求すること自体が問題なのではない。利益を確実に生み出すことだけが、作品を評価する唯一の基準になってしまうことが問題なのだ。

確実に儲かるゲームだけを作ろうとする企業は、利益を上げ続けることはできても、プレイヤーが新作を心待ちにするようなゲーム会社ではなくなっていくかもしれない。

4. 作品の開発中止と、スタジオそのものの閉鎖は同じではない

一つのプロジェクトを中止することと、スタジオそのものを閉鎖することの間には大きな違いがある。

プロジェクトの中止であれば、将来的に企画を再始動する余地が残る。開発チームの再編、予算の縮小、開発規模の見直し、あるいはIPのライセンス供与など、代替策も考えられる。しかし、スタジオを閉鎖すれば、これまで経験を積み重ねてきた組織そのものが解体される。

BioWareは2026年10月21日の声明で、30年以上にわたって生み出してきた作品を振り返り、影響を受ける従業員への支援に取り組む姿勢を示した。『バルダーズ・ゲート』『Neverwinter Nights』『スター・ウォーズ:旧共和国の騎士』『Dragon Age』『Mass Effect』『Anthem』など、同スタジオが関わってきた作品群は、ゲーム史の一部を形作ってきた。

EAは今後もIPを保有できるし、別のチームに新作を開発させることもできる。実際、元の開発チームが存在しなくても、シリーズが成功する可能性はある。

だが、それはBioWareという組織が持っていた創作能力を、そのまま引き継げることを意味しない。だからこそ問いたい。スタジオを完全に閉鎖する前に、チームを縮小して存続させること、シングルプレイヤーRPGに再び集中すること、開発規模を現実的な水準に抑えること、あるいは独立した運営形態へ移行することは、本当に検討に値しなかったのだろうか。

外部からは内部の財務情報やプロジェクトの詳細が見えないため、こうした選択肢が必ず成功したと断言することはできない。しかし、長い歴史と独自の創作能力を持つスタジオの閉鎖を、単なるコスト削減と同じように扱うべきでもない。

閉鎖によって削減できるのは、将来のコストだけではない。将来、新たな作品を生み出せた可能性まで失われるのである。

5. ゲーム業界はIPの運用には長けていく一方、名作を生み出すことには慎重になりすぎている

BioWareの閉鎖は、AAAゲーム開発が抱える構造的な問題も浮き彫りにした。

開発費やマーケティング費用が膨らみ、プレイヤーが求めるグラフィックやコンテンツの規模も大きくなるにつれて、大型ゲームは失敗を許容しにくい事業になっている。企業が知名度のあるシリーズや、すでに確立されたビジネスモデルを優先するのも無理はない。

その傾向が強まれば、業界は奇妙な矛盾を抱えることになる。企業は多くの有名IPを保有しているのに、新たな名作を生み出すための試行錯誤には、ますます投資しなくなる。

『Mass Effect』や『Dragon Age』が今後も続くのか、どのような作品として復活するのかは、現時点で断言できない。EAはIPを保有しており、将来的に新たな開発体制を構築する可能性もある。しかし、シリーズが存続することと、BioWareが積み上げてきた創作の伝統がそのまま存続することは別の話だ。

企業はブランドを残すことができる。過去の作品を再販売し、リメイクし、新作を発表することもできる。しかし、ブランドの価値を生み出した組織を失ったあとで、同じものを再現できる保証はない。

BioWareには失敗もあったし、批判されるべき点もあった。それでも、複数の名作を生み出してきたスタジオが、商業的な失敗を重ねた末に閉鎖されるという事実は、AAAゲーム業界が創作チームに再起の機会を与える余裕を失いつつあることを示している。

結論:IPは残せても、創作する組織は残らない

BioWareの衰退をすべてEAの責任にすることはできない。『Mass Effect: Andromeda』や『Anthem』、『Dragon Age: The Veilguard』が抱えた問題について、開発チーム自身も責任を負うべきだ。しかし、長年にわたってスタジオを保有し、経営方針や資源配分に関与してきたEAもまた、その歴史から無関係ではいられない。

採算の合わないプロジェクトを見直すことには合理性がある。だが、作品の失敗を理由に、創作のノウハウや経験を蓄積してきた組織そのものを解体することが、最善の経営判断だったのかは別の問題だ。

EAは『Mass Effect』や『Dragon Age』のIPを保有し続けることができる。しかし、IPを残すことと、それを生み出した創作能力を残すことは同じではない。

確実に利益を生む作品だけを求める企業は、短期的には効率化できても、新たな名作を生み出す土壌を自ら失っていく。

BioWareの閉鎖は、単なる一スタジオの経営破綻ではない。ゲーム業界が創作の価値を認めながら、その価値を生み出すために必要な時間と組織を、どこまで許容できるのかという問題を突きつけている。

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